Oculus lift Sを買って1ヵ月が経ったのでこの記事を書いている。
☆Oculus 公式ホームページ
https://www.oculus.com/rift-s/?locale=ja_JP
現時点でどの程度までVR界隈が進んでいるか、技術の確認目的ぐらいで購入したのだが、予想以上の代物で非常に驚いている。
基本的に熱心(?)な格闘ゲーマーであるが、PSVRでFarpointや勇なまVR他色々遊んでおり、「VRゲー」というジャンルで言えば凄いは凄いけどまだまだそこそこといった感想を持っていたが、VRChatの奥深さは予想を遥かに超えていた。
「この概念は確実に次世代のスタンダードになっていく」とビンビンに感じたので何故凄いと感じたのかを書いていく。
≪目次≫
はじめに
①「自撮りをする」ということ。「カワイイ」ということ。
②VRで全人類が「かわいく」なり、「自撮り」に目覚める。
③「カワイイ」とVRの親和性について
④VRの可能性とソーシャルゲームの行く末
①「自撮りをする」ということ。「カワイイ」ということ。
さて、皆さんのご家庭にパソコンが普及したのがWindows95が発売された頃ではあるが、インターネットが本格的に普及し始めたのはISDN回線からADSL回線に移行し始めた1999年ぐらいからだろうか。
それから20年経ち、当時オタクの象徴みたいなPCはスマートフォンとなり完全に日常生活に同化した。
同化した大きな要因となったのは、その本質的な便利さがあるだろうが、SNSの関係は切っても切り離せないだろう。
多種多様なSNSも今や棲み分けがほぼ完了してしまっているが、本質的には同じようなものと認識している。
みんながみんな「自分」について発信する自己顕示の場となっている。
TikTok等の台頭により若者のメインは画像から動画に切り替わっているものの、この画像(動画)を投稿する文化の成熟中大きな異物が発生し拡大し続けている。
『自撮り』である。
カメラ自体は古くからあった。
風景・食・動物といったものを被写体にした「美しい」「かわいい(かっこいい)」「すごい」写真は様々な媒体で使用されていたが、人物についてはどうだっただろうか?
人物写真にも求められたのもいつも「美しさ」や「かわいさ(かっこよさ)」、「すごさ」だった。
モデルの写真、アイドルの写真、スポーツ選手の写真
その他の人々が写ってる写真はほぼ事件(ニュース)・歴史といったジャンルのものだった。
※コミュニティ内で完結する写真撮影を除く。
では今、SNSで投稿されている写真はどうだろうか。
風景・食・動物といった写真群の扱いは過去と変わっているだろうか?
私は本質は変わっていないと思っている。
マンネリ化してしまっていることもあり、新しいものを求めて奇をてらったものが増えたと思うが、基本的に「美しい」「かわいい(かっこいい)」「すごい」が大部分をしめていると考えている。
一方人物写真では『自撮り』という文化が新しく生まれた。
英語で自撮りを意味するSelfie(セルフィー)という言葉は2002年に生まれたと言われている。
そんな新しく生まれた文化が2013年にはオックスフォード英語辞典による「今の言葉」に選ばれるまでになった。
ここまで爆発的に自撮りという文化が広まったのには理由があると考えている。
「加工技術」である。
そもそも何故人は写真をSNS上にアップするのか?
ザックリ言うと「見て欲しいから」であろうが、その中には「見る価値がある」「見ても気分を害さない」等の考えが基にあると推測している。
人は軽率にうんこの画像もアップロードしないし、虫の死骸の画像もアップロードしない。
しかし自撮りはアップロードしてしまうということは「気分を害する可能性がある」可能性はついぞ考えていないのだ。
さて、以前「プライド分散理論」という生き方の基準みたいな文章を書かせていただいたが、その中で言及している例をここであげる。
☆プライド分散理論について
https://mekasue.hatenablog.com/entry/2019/05/02/011050
学生の頃、貴方のクラスの中で、美人は何人いたか?
30人クラスの半分が女子として15人。そんな中にそこそこの美人はいいとこ1人か2人じゃないだろうか。
全校生徒で女子が150人いたとしたらとびきり美人は1%、いいとこ1人か2人だろう。
「かわいい」というプライドを確立出来るのはやはり全体の10%程度である。
すなわち、本来自撮りをすることでメリットを与えれる人物はせいぜい10%のはずである。
にもかかわらず自撮りが蔓延しているのは「加工技術という高ゲタで、仮想的に上位10%に捻じ込んでいる」状態を作り上げているからに他ならない。
この異常な規模のプライド仮設であるが、私は肯定的にとらえている。
以前の世界ランク理論の記事にも書いたが、自我の目覚めには自らが立てたプライドを折る必要性があるため、自己肯定感を上げる作用がありつつ、どこかで調度良く折れるプライドとして機能するのではないかと考えているからだ。
☆世界ランク理論
https://mekasue.hatenablog.com/entry/2019/05/02/011111
②VRで全人類が「かわいく」なり、「自撮り」に目覚める。
話が変わって本題のVRである。
今回はVRChatを主に話を進める。
ご存じ無い人向けに説明すると、VRChatはSteam等で配信されている無料ゲームで、VR機器を被って1人のキャラクターとなり、ボイスチャットが出来るだけの目的も何も無いただのチャットツールである。
☆VRChatのPV
https://www.youtube.com/watch?time_continue=5&v=PWLPw4RE9Ig
シンプルなゲームであるが、何といってもその拡張性が素晴らしい。
自分のキャラは自分でアップロードして好きにカスタマイズ可能だし(ポリゴン数制限はあるが)、その空間(ワールド)自体も作成して好きにアップロードが可能だ(容量制限はあるが)。
広場のようなワールドもあれば、酒場のようなワールドもある。
都市を題材にしたワールドもあれば、サイバーパンクなワールドもある。
みんなでゲームするためのワールドなんかもある。
目的も自由に決めれる。
筆者は最近筋トレ用のワールドに頻繁に出入りしている。
まさかVRを健康目的に使用するとは思わなかったが、これが非常に相性がいい。
わずか1か月で明らかにお腹周りの肉が減り、会社では「mekasueさん、上半身デカくなってません?筋トレしてますね?」と声をかけられるまでに至っている。
さて、VRChat用のキャラクター(アバター)はワールド内で公開されているものも多いが、個人のクリエイターさんがBooth等で販売したりしている。
私の使用しているモデルも藍夜野雑貨店さんが販売しているモデルだ。
☆藍夜野雑貨店Booth支部
こういった販売サイトをザっと見てもらうとお分かりいただけると思うが、基本的にどのモデルもかわいい。
「どうです?僕が作ったモデル、かわいいでしょう?」という目的で販売しているのだから当然っちゃ当然であるが、大体かわいい。
そんな溢れる「かわいい」の中から、みんな思い思いの「かわいい」アバターを纏って集まってくるもんだから当然みんな「かわいい」のである。
そんな「かわいい」を全員が身に纏うと何が起きるのか?
さて、ここで皆さんに質問です。
愛想のいいワンちゃん(かわいい)が部屋の中にいるとします。
とりあえずどうしますか??
A. 撫でる
ですよね。
犬が嫌いな人には申し訳ないんですが、犬が嫌いじゃなければまぁ間違いなくこの回答になるでしょう。
お互いがもうかわいいので撫で合いが始まります。
もう既にこの時点でおっさんとおっさんのスキンシップという異常事態(ただし、お互いかわいい)が発生しているのですが、ごく自然な出来事なのです。
そうして楽しい一時を終えた後やることといえば、そうです。思い出を残すための写真撮影ですよね。
カメラを片手に一緒にピース!
ん???
待って???
自然な流れで自撮りしてしまったぞ???
自ら自撮りなぞ死んでもせんだろうと考えてた私が(うんこの画像を残してても意味は無いので)ナチュラルに自撮りをしてしまったのである。
ここで「あ、脳がバグっとるな」と認識すると共に、何故不快感無く自撮り出来たかを考えることになった。
まぁここまで読んでくれてる人はすぐ分かりそうだが、3次元を超越した「かわいい」を身にまとうことにより顔面プライド上位10%を突き抜けてしまったのである。
上位10%ならまだしも、上位1%すらだ。
「世界の美女大集合」すら超えた全員オーバーフローしたような立ち位置にいるので、何をどう撮っても価値が生まれていく。
一見頭のおかしな事を語ってるように思えるだろうが、自分の中では結論が出てしまった。
全人類が「かわいい」を身に纏った時、その瞬間が人種差別問題の終わりの時となるのだ。
③「かわいい」とVRの親和性について
前項で「かわいい」が脳に多大な影響を与えることを説明してきたが、この「かわいい」の有効的な利用方法について一例をあげよう。
途中でも言及した健康分野である。
私が最近特にお気に入りのワールドは「VRC筋肉部」ワールドだ。
☆VRC筋肉部公式Twitter
https://twitter.com/VRCWorkOut
毎日日本時間の6時、8時、21時頃に開設され、前方のモニターに映し出される日替わりの筋トレ動画をみんなで集まって見ながらこなす。
最後は「ビバ・マッチョ!」という筋肉ダンスをみんなで踊って終わりというレクリエーションをこなす。
選ばれる動画はビリーズブートキャンプといった日本でもおなじみの動画もあれば、見たことないものもある。
ただ、運動量としては大体同等程度で運動不足の陰キャにはなかなかにキツい。
しかし、キツいと思ったら周りを見るのだ。
周りの美女達も頑張っている…!!
それを見てると「僕ももっと頑張らないと!」という気になってくるのだ。
美女と一緒に楽しむレクリエーションがこんなに面白いとは。
パリピが毎日楽しそうにしている理屈が分かってきた。
これは確かに面白い。
健康に気を使って運動を心がけているものの、基本的に運動するのは嫌である。
にもかかわらず、圧倒的なモチベーションを維持しながら運動を続けることが出来ているのは100%「かわいい」のおかげであると心の底から言える。
家から徒歩0分で美女に囲まれて圧倒的モチベーションを保ちながら楽しめるジムが世の中にはあるらしい。
こんなもんラ〇ザップはすぐに投資すべきだ。
コンビニの上にジムを併設しようとしてる場合ではない。
VRジムの経営こそが完全に行く末だ。
様々な分野で応用が期待されていると言われるVR。
一度体験したことある者はこの言説に納得するのだが、未体験な者には想像すら難しい。
常々VRはその珍妙さから問題視され笑われた。
良いニュースは拡散されず、「VR帰宅」等といったインパクトのあるニュースが拡散して取り上げられた。
(私はVR帰宅は実際に可能であると考えているが)
現在でも初期投資が幾分必要であり、普及はまだまだ難しいとは思うが、先に記したようにその可能性は無限大であり、ヒトとしての意識を根本から覆すことができるだけのポテンシャルを持っているのは間違いない。
一方で懸念しているのはソーシャルゲームの行く末である。
先のプライド分散理論でも記したが、プライドの確立に必要なのはコミュニティの有無である。
「グラブル」であれば騎空団によるコミュニティの発生、「アイマス」であれば偶像崇拝による救いが発生する可能性があるが、FGOおよびパズドラ等一人でほぼ完結してしまえるソーシャルゲームは超危険であると考えている。
世間的に"無価値"とされる古今東西様々な趣味の大部分は大いに価値がある。
全ての趣味と趣味は細い糸で繋がっており、その糸は日常生活、家庭、仕事まで全てに繋がっている。
細い糸と細い糸が絡み合った時に相乗効果が発揮し、より太い糸へと変わり、プライドが強化されていく。
この言説を「全ては繋がっている」であったり「スキルは掛け算」という表現で説いているのだが、この理論には大きな落とし穴がある。
これ以上広がらないコミュニティの存在だ。
私にはどうにも先に示したFGOやパズドラ等の完結型ソーシャルゲームが糸の行き止まりとしか思えないのである。
思い違いであったらいいなぁと思いつつ、やっぱりそうだろうなぁと考える日々。
と、いってもほぼ確実に今回語ったVRも10年先には過去の技術になるだろう。
その時はまた新たな"未来"を全力で楽しみたい所存である。